南北朝時代に隠された謎。天皇になる真の条件とは? ~落合莞爾×松本道弘~

ワンワールド史観を提唱する歴史研究家の落合莞爾先生と
日本屈指の英語同時通訳者として活躍され、英語道を提唱する松本道弘先生が

日本の歴史に隠された謎について対談していただきました。

西洋のように、相手が間違っているこっちが正しいという2つにぶった切る考え方ではなくて、お互いに共通点を見つけていく、日本初のディベート。

題して「むすびディベート」。

互いの意見を〝むすび合わせ〟ながら、新しい価値観が創造されていく濃密なディベートが繰り広げられましたので、その内容をレポートいたします。

今回は、天才と秀才の両方を兼ねた素晴らしい人、落合莞爾先生を紹介します。

落合先生の本を4冊読みましたが、難しすぎて読み終えるまでに2、3ヶ月もかかりました。

今はコロナウイルスの影響で時間があるので数ヶ月で読めましたが、そうでなければ2、3年かかってしまうくらい内容が深いです。

落合先生は、秘密を知りすぎた人ですね。

東京大学法学部卒業で、それだけでみんなちょっと距離を置く人で、私なんかもう知的にはついていけませんよ。

落合先生は、表の歴史だけではなく裏の歴史まで入っていますから。

本当に、天才的なところがある珍しい人ですね。


4冊目を読んだ時に、「落合莞爾史観とは何か?」を考えてみました。

落合史観の本質は禊祓(ミソギハラエ)です。

これは私たちが考えているむすびディベートとも合います。


昔、天皇が2つに別れた時、喜ぶ人と悲しむ人の両方がいましたが、落合先生はうまくミソギハラエをしています。

落合先生が南北朝にこだわる原因、それをミソギハラエと言われた根拠はなんですか?

禊祓(ミソギハラエ)とは?

ミソギハラエとは、一言でいうと誤りを正すということです。

誤りの中には、意図的な誤りも存在します。

自然な誤りであれば直せばいいのですが、意図的な誤りというのは必要があって作った誤り、すなわち嘘ですよね。

その嘘は、どこかで綺麗にしないといけません。

それを、ミソギハラエといいます。

それは、「破邪顕正!(間違った考えを否定し、正しい考えを示すこと)」というように、正しいことでズバッと切る形ではないということですか?

そのような敵意ではありません。

自らついた嘘という意味もあるわけです。

ということは、けがれを祓うという意味でもあるということですね?

そうです。

間違っている場合は、
・あなたは間違っておられます
・その間違いがどのように生じたのかもだいたい分かります
・先祖の我々にも関係のあることです
・綺麗にしましょう

という働きが出ます。

ミソギというのは、シャワーを浴びるということですよね。

これは、ミソギをこえたバプテスマ(洗礼)です。

少々言葉は偏りますが、水をかぶって綺麗にするということです。

それから、ハラエというのは、けがれを取り除くという意味があります。

ミソギは水で、ハラエは空気です。

南北朝の裏にある”けがれ”とは?

南北朝という2つに分かれたことは、なにかけがれになったのでしょうか?

南北朝という言葉は、一族では吉野朝と言っています。

吉野朝に入られた後醍醐天皇は、いわゆる南朝です。

南北朝という言葉は、歴史学者が南朝と北朝を対立させて作った言葉で、当時は吉野朝と言っていたかと思います。

北朝は仮のものということです。

明治時代では、吉野朝しかないということにしていたのです。

水戸光圀(みとみつくに)は、南朝を正当化するというのは、誇りは南朝にあるということですよね?

誇りは南朝にしかないと思います。

「自分は北朝だけれども、心は南朝にある..」とおっしゃる方もいますが、意味分かりませんね。

先生も書かれていましたが、それはどうゆうことですか?

お父さんと知り合いなので、銀座に飲みに行ったことがあります。

彼が開いたパーティーに私も和歌山から足を運び、お話を聞きに行きました。

彼は、もう、孝明(こうめい)天皇(明治天皇の父)が毒殺されたと言っていました。


一般的には、北朝は、後花園天皇(ごはなぞの)の直径が孝明天皇まできたことになっています。

それで、孝明天皇が殺されて明治天皇が生まれるわけですが、そのことに関して明確に言わなかったため、一般的な歴史観では、後花園天皇がその親である伏見宮貞成天皇(ふしのみやさだふさ)から始まるとされているので、北朝と決まっているのです。

本人がどこまで知っていたのか存じませんが、彼はその公式見解をそこで否定するようなことはしませんでした。

歴史を見たら、けがれがありますね。

そのうちに、だんだんと南朝ではないかと思うようになったのです。

和歌山は、紀州(現在の和歌山)な南朝系なんですよね?

私は、その時は知りませんでした。

それを知ったのは、「南北朝こそ日本の機密」の本を書いた後です。

これは第二冊目ですが、第一冊目の「明治維新の極秘計画」の後に、明治維新からはじまる近代史としてシリーズを書いていますよね。

そしたら、某所から南北朝に関する本当の史実を教わりました。

護良親王(もりなが)の子孫しか天皇につかないことに、もう決められていたということについてです。

だから、南朝史がないのです。

そのことを「南北朝こそ日本の機密」には書いています。

ところが、私個人との関係は全くないと思っていたのですが、これを書いた後に、どうも話を聞いていると私のことを指して言っていることもあったのです。

突き止めたのは、護良親王が笠置山(かさぎやま)を越えて紀州まで逃れてきて、1333年1月1日に和歌山県海南市の春日神社で、そこにいた大野十番頭(中世に和歌山県南部を統治していた十の氏族)を説得し、南朝の旗を上げたということです。

そこの十番等の中には、井口左近(いぐちさこん)という者がいて、その娘の子供が崇光天皇(すこう)になったということです。

今までの話を分かりやすくいうと、どうゆうことでしょうか?

南北朝はない
南朝とは、護良親王の直系子孫である
ということです。

そして、この時、弟の宗良親王(むねなが)や後村上天皇は、後南朝の天皇になっています。

後醍醐天皇が島流しされた理由とは?

後醍醐天皇が島流しされましたのは、なぜでしょうか?

それは、北条幕府と喧嘩をしたからです。

いざこざがあったということでしょうか?

北朝と南朝のトップでは、いざこざはないです。

ただ、下の方で、持明院統(じみょういんとう)と大覚寺統(だいかくじとう)という2つの荘園軍に分かれて、利権を争ってるということがありました。

今でいうと三菱と住友というか、財閥のようなものですね。

荘園財閥というのはマーケットなので、お金とかも入ってきますよね?

当時は貨幣経済は信仰していないので、お米ですね。

いざこざではなく、その上がり(権益)を巡った争いが下の方ではありました。

三菱と住友のような同じ業界でも喧嘩して2つに分かれていますが、財閥の党首は喧嘩などしていません。

ヤクザのしのぎの争いにも似ていますね。

そうです、全く同じです。

しかし、ヤクザが悪いわけではなく、ヤクザの真似をしている悪い者がいるだけです。

●●組というのは、やはりヤクザの延長みたいなものなのでしょうか?

組というのは、もともと建設会社などですね。

それは、メンツにかけて赤字になってもやらなきゃいけないというのがありましたよね。

しかし、今は違って、儲かるかどうかですよね。

それは、全て経済化してしまっているからです。

政治家が経済化しているので、全国民が経済化しないと変ですよね。

私は、経済機構からドロップアウトしていますが…。


講師紹介


1940年大阪生まれ。関西学院大学卒業。日商岩井に勤務する間に、海外渡航の経験なしに独力で英語を磨く。その後、西山千氏(アポロ月面着陸時に、日本で初めて英日同時通訳)に師事し、その推挙でアメリカ大使館の同時通訳者となり、後にNHKテレビ上級英語講座の講師を勤める。日本にディベートを広めたことでも知られる。(ディベート教育暦約40年)現在、紘道館館長、国際ディベート学会会長。インターネットテレビNONES CHANNELで有名英語雑誌「TIME」の解説番組「TIMEを読む」に毎週出演。提唱する英語道に基づいたICEEコミュニケーション検定試験を年1回主催。英語教育や日本文化に関して140冊を越える著作がある。 CHANNELで有名英語雑誌「TIME」の解説番組「TIMEを読む」に毎週出演。提唱する英語道に基づいたICEEコミュニケーション検定試験を年1回主催。英語教育や日本文化に関して140冊を越える著作がある。

東京大学法学部卒。住宅経済と社会資本の分析に従事する。『経済白書』の作成にも携わる。その後は、商法および証券取引法に精通し、日本初のM&Aを実現する。落合莞爾事務所設立後は経営・投資コンサルタント、証券・金融評論家として活躍。近年は、日本史に関する見解を「落合秘史」として発表し続けている。