今こそ!日本書紀 『古事記』と『日本書紀』の違いが分かりますか? 第2回

「ねずさんと学ぶ、今こそ!日本書紀」 第2回です。

今回は、『古事記』と『日本書紀』の成立や違いについて、お聞きしていきます。

1.『古事記』と『日本書紀』の違いについて

『古事記』と『日本書紀』は何が違うのか、どういう風に教わりましたか?

よく聞くのが、

日本書紀』というのは海外向け、主に中国とか大陸向けに書かれた、つまり、漢字で書かれていて、

古事記』というのは国内向けに神話として描かれている、というものですね。

『日本書紀』は海外向け、『古事記』は国内向け、
って言いますよね。

これ、全くの嘘です。(笑)

そうなんですか!(笑)

まず、『古事記』は、
漢字が仮名文字として(音を表すために使用して)
書かれているところが結構あるので、
外国の人には、全く読めない。

漢字が使われていますが、
漢文で書かれているわけではないので、
外国の人は読めないんです。

これに対して、
『日本書紀』はきれいな漢文で書かれているので、
「きっと海外向けに書かれているに違いない!」
と言われています。

『日本書紀』の中で、特に有名な言葉についてお話しましょう。
十七条憲法」って聞かれたことがあると思いますけれど・・・。

はい!聖徳太子ですね。

そうです!

その「十七条憲法」の第一条
「和を以て貴(たっと)しと為す」ですが、
聞いたことがおありですか?

はい!あります。有名な言葉ですよね!

原文でいうと、
以和為貴」と書いて、
わをもってたっとしとなす」と読みます。
 

世界で「漢字文化圏」といえば、
中国、朝鮮半島の人々がそれに当たるんですが、
彼らには、この意味が分かりません。

中国漢字で「和」という漢字は
「足す」という意味です。

今でも足し算(の答え)は「和」と言いますよね。

すると、「一と一を足して、二になる」の意味になります。
そして、「貴」の漢字の意味は「偉い」です。

この二つの意味で解釈すると、
読み方が「たすをもって偉いとなす」で、
意味は「足し算が偉くて、引き算は良くない」になるの?
それって、どういうこと?
と、なってしまいます(笑)

それだと、意味が分からないですね。(笑)

日本人なら、「和を以て貴しと為す」と聞けば、

「和」とは「みんなが仲良くすること」
「貴(たっと)い」も、「偉い」とか「強い」という意味ではなくて、
「尊いこと、大切なこと」という風に、考えます
が、

中国漢字では、
「貴い」=「偉い」、
つまり「上下関係での中で上に立つ」ということですから、「足し算が偉い」
もしくは、
「足し算をすると、上に立つことができる」って、どういうこと?
と、全く意味が通じません。

『日本書紀』は、
形としては漢文で書いてありますが、
そこでいう漢文とは、

英語圏での話に例えるなら
アメリカ人向けに、ローマ字で歴史書を書いて、
(日本語を、ただアルファベットで書いただけ)
それを「この通り、英語で書きました」と言って、渡しているようなものです。


それを見た外国人は、まったく意味が分からない。

ちんぷんかんぷんですよね。

でも、意外とね、今でも同じようなことをやっている人は、いるんですよ!

ある外国人の方が、夏の暑い日に、車を運転していた時のこと、
とてつもなく喉が乾いたので、お水を飲もうと思い、コンビニに入ったそうです。

水らしきものを見つけたのですが、それには、
「I LOHAS(い・ろ・は・す)」と、ローマ字で書いてあるんですね。

日本人からすれば、すぐに水だとわかるのですが、
外国人の方からすると、
それが水だか、何だか分からないんです。(笑)

確かに。(笑)

喉が乾いて仕方なかったので、
ふと目に入った、
透明の液体が入った蓋付のガラス瓶を買って、
「きっと、これは水に違いない!」と、
その液体を一気にグイッと飲んじゃったんですよね。

プハーっと飲み干して、瓶を置いてハッと気が付いた時に、
あれ?コレ、もしかしたら、お酒?」って(笑)

ワンカップ(一合瓶入り日本酒)だったんですね(笑)。

外国人にとっては、「I LOHAS」ってローマ字で書いてあっても、何なのか、意味が分かりませんよね。

今、コンビニのお客さんって、外国の方が多いですね。
それなら、
ちゃんとMINERAL WATER(ミネラルウォーター)って書いてもらいたいと思いますよね。


MINERAL WATERと書かれていないことで、
大きなビジネスチャンスを逃しているのではないか?と。

これは、
何年か前からサンマリノ共和国の大使が
あちこちの講演でお話されておりまして、

今では、MINERAL WATERと、
しっかり表記されるようになりました。

さすがに、運転中にワンカップを飲まれるのはまずいので(笑)

ハハハ、そうですね。(笑)

このように、
どの国の言語で書くのか、というのは非常に大事な問題です。

ただ、『日本書紀』は、明らかに、
外国人向けに書いたとは言えません。


どこまでも、「日本人向けに漢字・漢文で書いた」のだと思います。

実際の使われ方としても、「貴族の子女の教育に用いられた」という実績があるので、
日本人向けに書いたと言えるでしょう。

「じゃあ、どうして普通に日本語で書かなかったの?」
という話になると、

一般的には
日本には、当時は文字がなかったんだ、と言われています。

「ひらがなやカタカナが生まれたのは、
漢字が渡来してからずいぶん後の話であって、
当時、日本人は文字を持たなかったので、
仕方がないから全部漢字・漢文で書いたんだ。」

という説明をされることが多いです。

文字を大陸から借りてきた、みたいな…。

そうです。
「日本には文化がなかったんだ!」みたいなね。

ところが、日本は12万年前には、
既に人が住んでいた、ということで
石器が発掘されていて(文化があった)、

3万年前~4万年前には
伊豆諸島の神津島(こうづじま)という、海上67km離れた所に船で往来をしていて、
神津島の石を持ち帰り、
磨製(ませい)石器として使っていたことも証明されています。

日本人は、波の荒い外洋を68kmも往復できた。

しかも、石を持って帰ってくるためには、
ただの丸木舟では通用しないわけですよね。

それだけのものがありながら、
全く文字だけ持たなかった、というのはおかしな話で、
実は、日本には文字がありました。


これを「神代(じんだい)文字」といいます。

神代文字」には、色々な種類があるんですね。
「ホツマ文字」、「阿比留(あびる)文字」、「カタカムナ」など。

そういう文字が、現にあるんです。

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そういう文字って、
もう使われていないじゃないの?
と思うかもしれませんが、実は今でも使われています。

神社に行って、お守り札を買うでしょう?
あれを開けてみるとね…

えっ、開けたんですか?ねず先生!(笑)

もちろん、開けちゃいけないんですが(笑)
中をこっそり開けて見ますとね、おかしな記号が書いてあるんです。
あれが、「神代文字」ですね。

お寺の場合には、
サンスクリット語の文字で書かれていますね。

神社だと、大体、「神代文字」で書かれています。
だから、今でもしっかりと使われているのです。


この「神代文字」は、江戸時代に造られたニセモノじゃないかという説がありますが、
もっと古い時代の、石に刻まれた「神代文字」が今でも残っています。
ということは、もっと、ずっと古い時代から”あった”ということですね。

そもそも「神代文字」はどこから生まれたのか?
これはある程度、明確になっていまして、

「様々な物事を決めるときに神様と相談する」
時に生まれた、と言われています。


こんな時に、物事をどうやって決めたかというと、
鹿の骨を焼いた時に生まれるひび割れのパターンの
占いを使っていました。

これを、”鹿骨(しかぼね)占い”といいます。

これは、日本だけでなく、広く東南アジア全体に広がっていた占いの方法だと言われていますが、

実は、この占いのひび割れのパターン
(真っ直ぐ1本割れる、斜めに割れる、ヨコに割れる、ギザギザに割れる、丸く穴が開く、など)
には、様々なものがありました。

これらのひび割れのパターンを約50種類に分類して、
一つ一つに音を当てていきました。


「このパターンだったら「さ」だよ。」
「このパターンだったら「や」だよ。」
「実は『や』ってこういう意味があるんだよ。」
というように。

ですから、
大和言葉は「一字一音一義(いちじ・いちおん・いちぎ)」
つまり、
一つ一つの文字全てに意味がある」のです。

そこで、この「神代文字」を見ていくと、
もしかしたら「漢字は、『神代文字』から生まれたかもしれない」という話になります。

2.「和」という漢字から読み解く、『日本書紀』

さっきの、この「和」という漢字は、
二つの記号から成り立っているでしょ?
「禾(のぎへん)」があって、つくりが「口」になっていますよね。
「禾(のぎへん)」というのは、稲穂が実っている様子です。

稲穂の「穂」とかものぎへんですよね。

そうそう。

で、これに口がついているということで、
よく、
「お米とお口は仲良しだから、『和』なんだ」
という説明がされています。

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そう言われても、
「なぜ、稲穂の実っている様子が『禾(のぎへん)』になるの?」
って、疑問に思いますよね。


阿比留草文字(あびるくさもじ)」という文字があるんですけれども、


「か」というのが こういう字なんです。(左側)
「す」というのが、こう書くんです。(右側)
すると、
「和」という漢字になりますよね。

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で、「和」の訓読みは「かず」ですよね。

女性のお名前で
「和子(かずこ)さん」って、いらっしゃいますよね。

「かず」だから、中国では、
「一・和・一」(1「たす」1)で「二」になりますよ、という具合に使われています。
つまり、中国漢字では「たす」という意味です。

ところが、日本語で元々の
「か」「ず」 というのは、そうではなくて、

か…加える
す…住む

つまり、「か」「ず」とは、
「人々の暮らし」のことを意味するわけですね。


そこで、人々の暮らしでは何が最も大切かというと、
「人と人とが、仲良くすること」。


和(かず)」とは、
「お互いに仲良くすること」を意味しています。



「和(わ)をもって貴しと為す」は、
「『みんなで仲良くすること』を一番大切な基準にしましょう

という意味だと言われると、
日本人であれば、なんとなく理解ができます。

それを踏まえた上で、漢字を用いて『日本書紀』や『古事記』が書かれているとするならば、

「使われている漢字の一文字一文字に、ちゃんとした意味がある」
ということになってきます。

そういうことまできちんと踏まえて
『日本書紀』を読んでいく、『古事記』を読んでいくと、
さらに深い意味が、まるで泉のように湧き出してきます。

だから、こういった深い解釈が出てくるということですね。

文字だけ読んで意味を取っていくと、
そこまで理解ができない。

それこそ、「和」という一文字にも、
イメージを膨らませていくと様々な意味があります。

中国でも同じような感覚で読まれていたのかな、と思っていたのですが、

「和」という漢字だけでも、例えば「和魂(にぎみたま)」のように、「にぎ」と読む場合もあるし、

「くわえる」もありますし、

「調和」とか「平和」もありますし、いろんな意味があるじゃないですか。

すごく広い意味、というか。

それが、”日本人ならではの感覚だった”っていうことですね。

ところで、日本語では漢字に「訓読み」がありますよね?

訓読みというのは、
基本的には大和言葉での読み方になります。


漢字を使う文化」を持った国は、東アジアに広く分布していますが、「訓読みの文化」を持った国は、実は日本だけなんです。

例えば、お隣の朝鮮半島に行きますと、彼らは、「自分たちの言語は朝鮮語である、文字としてとしてはハングルがあるんだ、漢字も使っているんだよ」と言いますが、

漢字の読みにはもともと、朝鮮語の読みはありません。

ですから、「社長」「部長」「課長」は、朝鮮語で「シャチョン」「ブチョン」「カチョン」です。これは、漢字を音読みをしているだけです。

これに対して日本では、

漢字の一文字一文字に訓読みがあって、
一つの漢字の意味も、
音読みだと分かりづらいけれども、

訓読みすると意味がスーっと通ります。


例えば、人を愛するときの「愛」。
「愛ってどういう意味?」と聞かれて、パッと答えられますか…?

いや、深すぎる質問ですね、それは。(笑)

パッと答えられる人は、なかなか、おいでにならないと思うんですよ。

でも、「愛」という漢字の訓読みだと、
「愛(め)でる」、「愛(いと)しい」、
それから『日本書紀』では、
これを「愛(おも)う」と読みます。

愛しく愛でるような気持ちで人を「思う」こと、
相手を「思う」こと、国を「思う」こと、
故郷を「思う」こと、親が子を「思う」こと、
恋人のことを「思う」こと。

「愛しく愛でるような気持ちで、
大切なものとして思うこと」には、
もともと「おもう」という大和言葉があるんです。


それで、一番近い意味の漢字は、もしかしたらこれ(愛)かな?ということで


「愛」という漢字に、
「おもう」という大和言葉が充(あ)てられた。


もともと、大和言葉が
ちゃんとした形で体系化されていて、存在していたからこそ

「漢字を後から輸入したときに訓読みを充てることができた」
っていうことなんですね。

漢字が最初から存在していて、
後から訓読みができる、というのはありえないことですから。

『日本書紀』の言葉から、こんなに話が広がるとは思いませんでした!

まだまだ、成立の話から伺いたいことはあるんですけれども、今回はこの辺で終わりたいと思います。

小名木先生、ありがとうございました!

ありがとうございました!


-講師紹介

国史啓蒙家。浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。またインターネット上で、愛称「ねずさん」としてブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。