国之常立尊(クニノトコタチノカミ)が日本書紀で第一に登場する理由「今こそ!日本書紀」第5回

「今こそ!日本書紀」第5回目ということで、

今回も小名木善行先生をお招きして、『日本書紀』について学んでいきます。

よろしくお願いします!

よろしくお願いします!

今回は、『日本書紀』の始めの部分で、初めて神様が登場する重要なところですね。

古事記と日本書紀との違いであったり、

その神様の登場にどういった意味があるのかというところを、

ねず先生の視点で語って頂きます。

1.『日本書紀』の冒頭 天地開闢の神々

すべての書物には「書かれた目的」があります。

特に『古事記』や『日本書紀』や『万葉集』は、
いずれも何らかの目的があって書かれているんですね。

何も目的が無く、ただ書いてあるという、
いわゆる「日記もの」とは全然違うんです。

ちゃんと国家の意思として、天皇の詔によって編纂が開始されて、天皇に最終的に献上された訳ですから。


何らかの目的があったものという風に見ていく必要がある

ということですね。
 
そして、その目的とは何かということを、
一番最初の滑り出しのところで明確に示しています。


ここが大切なところです。

 
前回の滑り出しのところでは、
「清(す)みて陽(あき)らかなるもの」と
「重くて濁りたるもの」は、
いずれも一体だったというところから話が始まりました。
 
今回は、それに続く文章ですね。

ここで初めて三柱の神様が登場します。
 

 <日本書紀の冒頭>

然後神聖生其焉
 (しかるのち かみなかになる)


 故日開闢之
 (ゆへにいはくは かいびゃくの) 
 初洲壞浮漂
 (はじめくにつち うかびただよふ)


 譬猶游魚之
 (たとへばうをの)
 浮水上也
 (みずのうへにて あそぶがごとし)
 
 于時天地之中
 (このときに あめつちのなか)
 生一物状如葦牙
 (ものひとつ なるはあしかびなるごとし)


 便化為神
 (すなはちかみと なりたまひて)
 号国常立尊
 (くにのとこたち みこととまをす)
 次国狭槌尊
 (つぎは くにのさつちのみこと)
 次豊斟渟尊
 (つぎに とよくむぬのみこと)
 
 凡三神矣
 (このみはしらのかみさまは)
 乾道独化
 (あめのみちにて ひとりなす)
  所以成此純男”
 (ゆへにすめれる をとことなれり)

2.天地開闢に登場する三柱の神様

初めに、「清みて陽らかなるもの」と「重く濁りたるもの」が、
いずれも混然一体となっていたものが分かれていって、
その中に神様が出来た。

その神様が出来たときというのは、いわゆる天地の開闢(かいびゃく)ですね。

天地があって、開闢があるという順序で論を進めています。
 

その土の中に、どろっとしたような固まり、
いわゆる地表が出来上がってくる様子ですね。
 
この様子というのは、水の上で魚が遊んでいるような状態で、
浮かんできたものが上からも見える。
まさに地表が出来ていったという、地球の創造そのものですよね。
 
この時に葦牙(あしかび)なるもののように生まれたのが
国之常立尊(くにのとこたちのかみ)
です。

 
漢字の字を見ると、「国に常に立っている神様」ということです。 

「とこ」というのは、床の間の「とこ」ですね。

床の間というのは、部屋の中で一段高くなりますから、
国の一段高いところに立っていらっしゃる神様、
つまり、中心となる神様が現れましたよということです。
 
そして、次に国狭槌尊(くにのさつちのみこと)ですね。
 
「さ」というのは、「さなえ」とか「さつき」と言う通り、
稲作のことを言います。

稲作の槌の神様ですから、当然農業の神様ですね。
 
その次に、豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)ですね

「とよくむ」というのは、豊かに汲み上げる、
豊かな収穫を意味します。

まさに、農業の神様、収穫の神様が登場するんです。
 
つまり、国の真ん中の一段高いところに偉い神様が中心となっておわし、
その両側に、農業信仰の神様豊かな収穫を意味する神様が二柱並んで立たれたということです。
 
これが、最初の天地創造の神様だったということですね。
 
そして、乾道(あめのみち)にてすっと立たれた神様であって、しかも男の神様であったと。

3.神様が率先して働く国 日本

男の神様というのは、労働の神様ですよね。
女性は子を産む神様ですから。

 
まずは、神様から率先して働く国として、

我が国は出来上がったんです。

―すごいですね。

確かに、西洋の神様はあまり働いているところは、描かれないですよね。

ゼウスがものすごい農作業しているとか(笑)

まずは、働くこと。
神様から率先して働く、そこから日本という国は出来上がったということなんですね。


このことは非常に大切なことなんです。


人類史の中では、農業の発明というものがある訳ですよね。
 
農業が発明されることによって、
人々は他の人を殺さなくても、食べ物を得ることが出来るようになりました。

 
しかも、安定的に食べ物を得ることができる。
 
自分の目の前の田んぼや畑をちゃんと耕しているだけで、
お腹一杯食べることができるんです。

もう殺し合いはしなくていい、戦はしなくていい。 
人と争わなくても良いということは、相手を殺さなくても良いということですからね。

人と争うということは、相手を殺してしまうこともあるでしょうし、
逆にやられてしまって大けがすることだってありますよね。
痛い思いだってします。
 
そういう思いをしなくても、他のことは構わず、
自分のところだけやっていれば、まあまあ食えるじゃないか、
だから、自分たちでやるべきことをちゃんとやっていこうじゃないかと。
 
そこで、まず労働することを国の中心として大切にしていこうという考えが、出てくるんですね。

―労働観、仕事に対する向き合い方って、すごく社会の在り方に影響すると思うんです。

それが思想も作っていきますし。

日本ならではの考え方が、そこにあるということですね。

4.鉄器の発明による社会構造の変化

世界の人類の歴史を見たときに、もう一つ言えるのは、
人類は鉄器を発明することによって、支配階層を生んでいるんですね。


農業の方が先に生まれていますけれども、
元々稲を刈り取るときに、石包丁といって、石で稲を刈っていましたよね。

あれは、切れないですよ。(笑)

―大変ですよね。(笑)

魚を切るにしたって、石包丁で切る訳ですよ。
そりゃ大変ですよ。
 
普通の包丁だって、少し切れなくなったらなかなか切れないのに、それを石で切るんです。
 
そんな状況の中から、鉄器が発明されたことによって、
非常に少ない労働力で、多くの生産が出来るようになっていくんですね。
 

つまり、農業を行うときの、労働環境がものすごく改善されたんです。

これによって、全ての人が働かなくても良い社会というのが出来上がりました
 
逆に言うと、人に働かせて、自分はその収穫物だけを
思いっきり腹いっぱい食うんだという悪い奴らが現れた訳です。
これが権力者達ですね。(笑)
 
自分が偉い人であって、
「お前たちは、働くことが人生の意味なんだ。
 俺は偉い人だから、お前たちがちゃんと働いているかどうかを監視しているだけなんだ」と。
 
「ふざけるな、お前も働けよ!」と言われるようなことを、
ある意味、巧妙にごまかすために、宗教が出来上がっていったというところがありました。
 
ところが、日本の場合で見ると、
そういう鉄器の発明よりもはるかに古い時代から、
我が国の歴史は始まっている
んです。
 
農作業をするときに使う磨製石器が、自然石を使うのではなくて、
ちゃんと使いやすいように人が加工した石器が使われ始めたのが、
今から古いものですと、4万年前の遺跡から発掘されています。
 
3万5千年前には、かなり広く使われていて、
3万年前には、ほぼ全国で使われていた。


そういう意味では、超古代文明なので、
日本ってものすごく進んだ国だったかもしれないですね。
 
世界で磨製石器が登場するのは、およそ8千年前ですから。

―そんなに違うんですか!はるかに昔ですね。

5.日本人が大切にしてきた価値観

それだけの古い歴史を持っている中で、
人と人とが争うのではなく、

みんなで労働することを大切にするような国柄にしていこう」
ということが冒頭に述べられているんです。

 
もちろん、生きていたら「清みて明らかなるもの」だけではなく、
時には「重くて濁りたるもの」もありますよね。

でも、
「楽しいときも、苦しいときも、
 同じ神様、同じ人間なんだよ。
 
 いろんなことがあって、辛い日も苦しい日もある。
 でも、楽しいことだってあるじゃないか。

 だから、いつでもみんなで頑張って働いていこう」
と。

このように、
我が国の最初の神様は、

国の中心の神様である
国之常立尊(くにのとこたちのみこと)

お米と土の神様である
国狭槌尊(くにのさつちのみこと)


豊かに水を汲む神様である
豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)

 
という神様で、一番最初の神様から働いているんです。
 
そういったことから、
「おい、そこら辺でちょろちょろしている子供たち、
 ちょっとはお父さんお母さんの手伝いをしなよ!」
という文化が出来上がってくるわけですね。

―言ってしまえば、世の中のハイアラーキーの階層構造を作って、人に働かせたいと考えている人からすると、あまり広がってほしくない考え方ですよね。

そうですね。
だから、日本が戦争に負けた時に、GHQは最初に何をしたか。

それは、日本人の教育から『日本書紀』を奪ったんです。

―なるほど。

国史は教育してはいけないことになったということですね。
もともとはこういう教育を受けている訳ですから。
 
率先垂範で、自ら進んで働くということが大切だというところから、
そもそも始まっているわけでしょ?
 
そんな、勤勉でかつ労働を尊ぶような民族性のようなものがあったら、
アメリカにしてみたら脅威じゃないですか。
 
だから、どうやったら日本人を怠け者にすることが出来るか、
それには「日本書紀を教えないことが一番」ということで、
戦後、『日本書紀』の教育が禁止されたんです。

―今、世の中的にも、人と人とがチームワークで協力して仕事をするよりも、孤立していくような流れがどんどん加速していますよね。

コロナウイルスが代表ですけれども、どんどん人との距離が離れていくというような世の中になっていると思います。

6.『日本書紀』に込められた意図とは?

これは実は、『日本書紀』は「ある国曰く」ということで、
実はこの文章の後に、様々な文献をベースにして、
「ある国では、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)が最初の神様ですよ」とか、いろんな諸説を紹介しているんです。
 
『日本書紀』の本文の中では、
天之御中主神は、根本の創生神として描かれています。

天空の中心にどーんとできあがっているという、

ある意味宇宙の創生から始まるわけですけれども、
その神様に関する記述を全部省いちゃったわけですよね。
 
いきなり国之常立尊から始まった。 

そこに、日本書紀の意図があります。
 
『古事記』の場合ですと、
天之御中主神から始まって、
全ては「創生の七柱の神様」がおいでになって、
存在の全てを胎内に取り入れた、という描かれ方をしています。

女性のおなかの中の赤ちゃんのような状態で、胎内に入れたんです。
我々は、神様の胎児なんだと。

偉大な神様のおなかの中にいる胎児、
その細胞の一つひとつが我々一人ひとりなんだよ、
というのが『古事記』の視点なんですけれども、
それはそれで素晴らしいと思うんですね。
 
ただ、『日本書紀』は、
「労働というものを中心にしていこう」
という思想があるので、
そういった”隠れ身”ということには言及しないで、
いきなり国之常立尊から始まる、という描き方をしているんです。

―なるほど。ということは、『古事記』と『日本書紀』は目的の違いでもありますよね?

そうですね。

ただ、目的が違うからといって、
「天之御中主神は存在しなかったの?」と言われても困るので、
「ある本にはこのように書かれていますよ。」とちゃんと紹介しています。

その両方を知ることによって、より厚みが増すように思いますね。

7.まとめ

上とか下とか優劣ではなくて、一緒に手を組んで、みんなが食べていける世の中を作ろうというところから国が始まったということは、今のこの世の中にも必要な考え方だと思います。


そこから、日本のムラ社会や、家族のつながり・絆というものが作られていったんじゃないかなと思うので、改めて、まさに、今こそ!『日本書紀』を学び直したいなと思います。

是非、書籍の方も、Amazonや店頭で手に取って頂けたらと思います!

それでは、今回もねず先生に、『日本書紀』について教えて頂きました。

ありがとうございました!

はい、ありがとうございました!

講師紹介

国史啓蒙家。浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。またインターネット上で、愛称「ねずさん」としてブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。